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広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)120号 判決 1951年4月04日

控訴人 被告人 川島喜代治

弁護人 川上広蔵

検察官 赤松新次郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人川上広蔵の控訴の趣旨は別紙控訴趣意書記載の通りであるから、これに対し当裁判所は次の通り判断する。

第一点について、地方税法第百二十六条の徴税吏員の質問権検査権国家公務員法第百九条第十二号の国家公務員の秘密漏泄罪等と照応して考えるときは地方税法第百三十八条に所謂秘密は自然人たると法人たるとを問わず調査の対象となる者の秘密を指称し、徴税主体たる地方団体やその機関の徴税上の秘密を包含しないものと解するを相当とする。これを本件についてみるに、本件公訴事実は末段掲記の通りであつて要するに被告人は昭和二十四年度島根県事業税(第一種)所得審査委員として松江市同年度事業税(第一種)所得審査委員会席上において八束地方事務所長の代理者より松江市内昭和二十四年度事業税(第一種)の納税義務者約二千七、八百名につきその住所氏名業種別諮問所得額等を記載した「課税標準諮問調書」と題する書面一冊を係員よりその内容は秘密事項として取扱われたき旨の要請の下に交付を受けたに拘わらず、これを上島隆に貸与し所得審査委員としての事務に関し知り得た秘密を漏らしたものであると言うのであるが、右諮問調書の記載はそれ自体納税義務者の個人的秘密とするに足らぬものであるからたといそれが右委員会としての秘密事項であり、従つて徴税主体たる地方団体やその機関の秘密であつても右地方税法に所謂秘密ではなく、従つてこれを漏らしたからといつて被告人の所為は地方税法第百三十八条の処罰の対象にならないものであるといわねばならぬ。然るに原審ことこゝに出でず処罰の対象になるものとして被告人の所為を同条に問擬したのは法令の適用に誤りがありこの誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点において到底破棄を免れない。論旨理由あり。よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条を適用して原判決を破棄し同法第四百条但書により被告事件について更に判決をする。

本件公訴事実は被告人は島根県所得審査委員会の昭和二十四年度松江市第一種事業所得審査委員として、松江市第一種事業税の課税標準たる各納税義務者の所得の調査審議に関する事務に従事していたものであるが、昭和二十四年八月三十一日右委員会において交付された秘密事項である松江市内の各納税義務者の昭和二十四年度第一種事業所得諮問額を記載した松江市事業税第一種課税標準諮問調書を同年九月初頃自己居宅において日本共産党島根県地方委員会機関紙新島根編輯発行人上島隆に対し同人が右事業所得諮問額を「事業税をあばく」と題するパンフレツトに掲載発行して一般に公表する資料に便用することの情を知りながら、貸与利用せしめ以て所得審査委員としての事務に関して知り得た秘密を漏らしたものであると言うにあるけれども前叙の理由により刑事訴訟法第三百三十六条を適用して無罪とする。

(裁判長判事 平井林 判事 久利馨 判事 藤間忠顕)

弁護人川上広蔵の控訴趣意

第一本件に言ふ諮問所得額は地方税法第一三八条に言ふ秘密に該当しない。

原判決理由中弁護人の弁解に対する原審の論駁せる第一点に就き考察するに地方税法第一三八条に言ふ秘密が各納税義務者個人の秘密をも指称する事は原判決の認める処であるが同時に地方公共団体が各種地方税賦課徴収の為徴税吏員等を通じて蒐集把握した資料の内容を不当に暴露されざる利益をも包含すると解してゐる。そうであるとすれば本条に示す秘密は刑法第一三四条に言ふ意味の秘密以外に地方公共団体の暴露するを好まない事項である秘密を含むことになり然もその秘密に就ての解釈の基準となるべき法令の条文を示して居らず又条文は見当らない。然して原判決は之を八束地方事務所長が諮問調書の内容を秘密事項として取扱ふべき方針を樹立してゐた事は同調書<秘>と謂ふ朱印を押捺したこと並びに証人岡崎正好安部義郎の証言を援用して之を認定してゐるとのことは要約すれば地方事務所長が秘密の扱を必要とし<秘>扱とするものが地方税法第百三十八条に言ふ秘密であると言ふことになる。

即ち之は同条に言ふ秘密は行政官庁である地方事務所長の考へにより自由に決定されることになり、同条の内容が地方事務所長により左右されることとなり罪刑法定主義の原則に反することは極めて明瞭である。然も諮問所得額が納税義務者個人の秘密でないことは原判決も之を認めてゐるから本件に言ふ諮問所得額は秘密でないことになる。原審が右諮問所得額を何等の根拠もなく秘密であると言つてゐるのは「秘密」と言ふ言葉に眩惑されて同条に言ふ秘密を勝手に創造してゐるに過ぎない。

秘密の解釈については昭和二十五年五月六日附原審弁護人提出の弁論要旨(一)項を援用する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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